~5幕(シャルル誕生日スペシャル後編)
「〽祝えなんでもない日~おめでとう、誕生日じゃない日!」
「〽なんでもない日バンザイ・バンザイ・ばんざーい! ヒャッホー」
「っ、あああ! 思い出したっ。そういえばシャルルってばもうすぐ誕生日じゃない!」
「ムッ、誰だ」
「招待もしていないのに席につくとはマナー違反だ」
「あっ、和矢にガイ!!」
マリナは目を疑いました。
声のする方に足を向けると、そこには、立派なシルクハットに正装の和矢、いくぶんボサボサだけど暖かそうな茶色の長耳が生えたガイが、森の中にしつらえたパーティーテーブルを囲んで、延々とお茶を注ぎながら、まるで酒盛りかと思える陽気さで歌っていたのです。
「ケチケチするんじゃないわよ、こーんなに席あいてるじゃない。お客のいないパーティーほど、虚しいものはないわよ~。いいから、早くお茶ちょうだい、歩きまわって疲れてんのよあたし」
ドンッとテーブルを叩いた瞬間、ガンッとテーブルが下から突き上げられました。
驚いてクロスをまくると、血相を変えた丸いネズミ耳の生えたカークと鉢合わせ!
あやうくキスするその距離に、女の子であるマリナより先に顔を真っ赤にし、悲鳴を上げて後ずさりしたのは、寝ぼけネズミカークでした。
「な、な、なんだ、銃声か!?」
アリスマリナの席の反対側から這い出して身構えると、帽子屋和矢と3月ウサギガイが、そろって首を振ります。
どうやら先程、テーブルに頭をぶっつけたらしい寝ぼけネズミのカークは、痛む部分を撫でながら、ヨロヨロと空いた席に倒れこみました。
「張り込みで徹夜だったんだ……」
体の大きさに似合わない俊敏さで、すかさずその口にお茶を流しこみながら、ガイは陽気に歌います。
「寝ぼすけカークもなんでもない日! なんでもない日をお祝いだ」
パーンと鳴るクラッカーに、カークがすかさず飛び起きて、「伏せろ!」とガイをテーブルに押し付けます。立派なケーキに顔面ダイブして、3月ウサギのガイは、そのまま嬉しそうにもぐもぐとケーキを頬張ります。
それをにこやかに見守りながら、お茶をサーブしてくれる和矢。
ーーー、なんというシュールさでしょう。
普段の彼らを知っているからこそ、さすがのマリナも、精神が崩壊しそうになりました。
こんな場所からは、早くおさらばするのが利口でしょう。
「ね、ねえ和矢、あたしの前にお客がいたでしょ? 白ウサギの。あれシャルルなの、突然ウサギになって、逃げちゃったのよ」
「ウサギ? 黒?茶色?それともブルー? オレはマリンブルーが好きだな」
「知ってる♪ じゃなくて、青ウサギなんかいるか! 白よっシロ」
「オレ茶色!」
「あんたはいいのよ、黙んなさいガイっ」
「シャルルがウサギ?」
「そう、ウサギはシャルルなのよっ、いないと困るの!」
「困るウサギはシャルルのウサギだな、よし、オレに任せろ。必ず探して、立派にシチューにしてやる」
「はあっ!? だ、ダメよ料理しちゃ! 生かして連れてきてよっ」
「ラパンらぱーん、オレは丸焼きがいい」
「共食いになるわよ、やめなさいガイっ」
「ムニャムニャ……オレはシヴェ(ワイン煮)とソテーがいい、腹が減っては犯人逮捕に差し支えるからな」
「ちょ、いいかげんにしろあんたたち!」
もはやキチ◯イにしか見えない3人組は、お茶を飲みながら、ウサギがいかに世界経済の貢献に一役買っているかを、熱心に論じています。
堪忍袋の尾が切れそうだったまさにその瞬間、帽子屋和矢が、その精悍な頬をきりっとあげ、アリスマリナを黒曜石の瞳で見つめます。
「大丈夫だマリナ、おまえは、おまえの想いを守るために戦えばいい。自分の気持ちを押さえたりごまかしているより、その方が、ずっといい」
思い出のあの大切な言葉を、つぶやきます。
どきりと高鳴る胸に手をあてた時、はちみつ色の金の髪を揺らして、ガイも優しく問いかけます。
「君の幸せのために行くことが、オレの幸せなんだ」
かつてさよならの手紙に書かれていた、彼のせいいっぱいの気持ちがよみがえり、胸を締め付けます。続いて、アーモンド色の長い髪を切なくかきあげ、熱い正義を抱いたカークが、同じようにマリナを見つめます。
「おまえを守ってやりたい。だっておまえはオレの大事な」
「「「オヤツだから」」」
・・・・・・・・・・。
爆笑。
3人? 1人と2匹は、テーブルをバンバン叩きながら、腹を抱えて大笑いです。
「ま、ま……マジメにやれぇ!! 『あたしのエッチがかかってるんだからね!』」
叫ぶやいなや、ピタリと止まった笑い声に、アリスマリナはしまったと口を抑えました。
しかしなぜか抑えた指の間から、あのニヤニヤ笑いのチェシャ猫薫の唇が、スルスルと這い出てきたのです!
「やったわね、薫ぅぅぅぅ!」
チェシャスマイルはあっという間に空に溶けて、残ったのは不審な顔の3バカ変人?です。
「えっち?」
「エッチってなに?」
「アルファベットの7番目の文字だろ」
「8番目だ」
「あ、あのっ、その、もういいの、なんでもない!」
「よくはないだろう、ウサギ逮捕のためにも、どんな小さなヒントでも欲しい」
「お茶でも飲みながらゆっくり説明してくれ」
「いいっ、いいってば~、もう自分で探すから! ごちそうさまっ」
「Wait! 待ってマリナ、まだお祝いがすんでないっ」
「百万回のエッチ、おめでとう!!」
ブッ
「ば、 バカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
さすがのマリナも、もういたたまれません。
蹴っ飛ばすようにテーブルを離れると、こけつまろびつ、森の中に逃げ込みました。
もはや自分がどんな表情をしているかも不明です。
百万回どころか、たった1回のエッチすらお預け状態なのに。
それに、あのままあそこにいたら、若かりし頃の美しい思い出とともに、彼らを抹殺していたかも、いや、確実にしていたでしょう。自分を抑える自信がまるでありませんでした。
頭を振りながら、悪夢のようなあのお茶会を忘れようとめちゃくちゃに走るうち、ドアのついた大きな木に行きあたり、夢中で飛びこみました。
なんとそこは、初めに落ちてきた、あのウサギ穴の空間だったのです。
巨大化したマリナが踏んづけたガラステーブルの残骸があったので、間違いないでしょう。
そうだ、あのウサギドア!
金の鍵を急いでポケットから取り出すと、いっしょにいもむしミーシャにもらった痩せキノコ?が、コロリと転げ落ちました。
ウサギドアは金の鍵で無事に開いたのですが、やっぱりどうあっても、サイズが小さすぎます。
ヤケだとばかりに、そのキノコを一口かじると、なんとほんのチョット縮んだではありませんか!
「やった!」
ウエストが細くならなかったのは残念ですが、アリスマリナはキノコをかじりながら上手に背を調節し、そのドアをくぐりました。
思った通り、その向こうは、お城の庭園だったのです。
しかし、自分の知る西洋の城の庭園とは、どこか違います。
不思議に思ってよおく観察すると、美しく剪定された『盆栽』が、延々と並んでいたからでした。
そして奇妙なことにその盆栽群、すべてが真っ赤に塗りつぶされています。
ギョッとしながら歩いていると、パカーン、パカーンと、小気味のいい音が聞こえてきました。
真っ赤に塗られた、ほんとうの”赤松”の影からひょいとのぞくと、片肌を脱いだまるで侍のような出で立ちの男が、ギラリと光る刀を、まるでバットのように振り回しているではありませんか。
パカーン
音の原因がわかりました。
その男は、野球のトス練習のように、なにやらピンク色のボールを、刀の腹で城外にかっ飛ばしているのです!
パカーン
その時、打ち損じたボールが、アリスマリナの方向めがけていきなり飛んできました。
「ひえっ!!」
ボールはなんと赤松にぶっ刺さり……よく見るとそれは、トゲトゲのはりねずみだったのです!
「あぶないじゃない、このヘタクソ!」
「何奴!? 赤の王に向かってなんという言い草! そこへなおれ、打ち首だ!」
ガバっと振り返ったその姿は間違えようはずもありません、幼なじみのケンカ仲間、甲府の旧家の跡取り息子、弾上静香その人でありました。
「バカなことやってんじゃないわよ美女丸っ」
「逆刃刀だ、安心しろ」
自信満々に、赤の王美女丸は、満足気に刀を構えます。
「る◯剣か! てかこの場合、刃がどっちについてよーが関係ないわよ!
だいたい赤の王って、美女丸あんた……全身ま緑で何の説得力もないわよ……」
それもそのはず。
呆れたマリナが見つめるその先には、濃淡こそあれ、新緑に擬態できそうなほど美しい萌黄色に染め抜かれた、立派な羽織袴姿の彼だったからです。
どんと大地を踏みしめて堂々と立つ様は、しかし王様というより、お殿様です。
ははん、これはあの有名な、OVA愛と剣のキャメロットでの出で立ちですね。
うんうん、彼の印象には、どうも緑がつきまとうと思ったら、そういうわけがあったのですね。
瞬間、音がするんじゃないかと思うほどギリッとこめかみを動かしながら、赤の王美女丸が、ゆっくりと向き直ります。
切れ上がった鋭い眼光が、容赦なくアリスマリナを打ち抜きます。
底知れぬ迫力をこめた低く静かな声が、聞くものの背を震え上がらせます。
「いいか……、オレが好きな色はな、真紅だ。
頭の悪いお前に、懇切丁寧に教えてやる。
真紅とは真のくれない、正真正銘の赤だ!
阿呆なお前を哀れんでもう一度言おう、いいかーーーオレの好きな色は、 あ か だ !!
公式でもそうなっている。詳しくは『愛してマリナ大辞典2』のキャスト紹介の項目を見ろっ、1じゃないぞ、2だ。
1は特技と趣味とIQ、2では好きな色、楽器、動物、宝石が増載されている、こんなもの知ってどうするんだか、オレには未だに謎だがな。
しかと刮目して、そのアホっぽいデカめがねでとくと見ろっ、この空洞頭のとんまトンボマリナ!」
竜巻のごとくゴオッ言い放ち、やおら腰に下げた日本刀をズラッと抜きつつ、絵に描いたような短気なバカ王然とした美女丸は、不穏な気配を全身からみなぎらせます。
ひぃぃぃっ!?
その時、バタバタと何者かが駆け寄ってくる気配がしました。
「み、緑のおうさまぁ~」
「赤だっ」
「あ、赤緑のおうさま~」
「ぶっ、あ…、あっはっはっはっは!!」
思わず吹き出してしまったその時、ピュンっと風を切る音がして、マリナは硬直しました。
「首をはねてくれるっ」
その声と同時に、コロン、ころころ、ころ・・・と足元を転がる物体が・・・
「ぎゃあああああ! ミニ小錦の首がぁっ」
それは甲府の屋敷でよく見かける女中の、蘭子の首でした。
アリスマリナは急いでそれを拾い上げると、あわてて身体を探します。
「またつまらぬものを斬ってしまった……」
「アホびじょまるぅぅぅ、あんたは間違いなくアホだわ、アホの王様よおっ」
半泣きで地面を見ると、少し離れた場所に、大きな将棋のコマが倒れています。
「のりっ、ボンドとか、この際ごはん粒でもいいわよぉっ、早く首をくっつけないと!!」
「大丈夫ですだ~、こんなことしょっちゅうだで、オラたち家来はみーんな、こうしてヤマトのりさ常備してるですだよ。お手数ですが、ここんとこ、くっつけて貰えんだべか」
「任せて。商売柄、切り貼りとかはお手の物よっ」
腕まくりをしたアリスマリナは、将棋兵士の蘭子の首を、無事つなぐことに成功しました。
「ねえ代わりとイッちゃなんだけど、あたしウサギを探してるのよ。時計を持った白いウサギ、探してくれない?」
その言葉を聞いた赤の王美女丸は、くわっと口をあけ、怒鳴りました。
「なんだと、あのウサギはオレのものだ」
「違うわ、あたしのよ!」
「オレのだっ」
「あたしのっ」
「オレの!」
「あーたーしーのっ!」
「よし、裁判をしよう」
赤の王の頭の上にふいに現れたチェシャ猫薫が、面白がって叫びます。
「開廷だ!」
パパラパッパッパー
高らかに鳴り響くラッパの音とともに、たくさんの将棋兵士が庭園になだれ込み、そこはいつの間にか立派な法廷へと早変わりしました。
そしておもむろに証言台にたったのは、なんと探し続けた白ウサギシャルルでした。
「あーっ、シャルル見つけた!」
そんな声など歯牙にもかけず、ひとつ咳払いをすると、ズラッと長い羊皮紙を広げ、朗々とした声で訴状を読み上げます。
『 被告 アリスマリナ・ドゥ・アルディ
赤の王陛下の臣下である白ウサギをかどわかした罪により 』
ぎょっとしたマリナに勝ち誇ったように笑う赤の王美女丸は、刀を振り回して叫びます。
「打ち首 を 言い渡す!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ、なんでいきなり判決なのよ! なんかあーだこーだ話すんじゃないの!?」
慌てるアリスマリナの首にしっぽを巻き付けて、ニヤニヤ笑いながら、チェシャ猫薫がすいっと手をあげました。
「その前に証人を呼んだほうがおもしろ、いや、良いと思います、赤の陛下」
「ふむ、それもそうだな。呼んでこい!」
将棋兵士に両脇から茶色の耳をひっつかまえられて、3月ウサギのガイが、ずるずると引きずられて法廷に出てきました。
その手には、しっかりとティーカップがあり、英国貴族さながらに優雅にお茶を飲んでいます、……引きずられながら。
証言台にカップを置いて、均整のとれた長身の体躯を披露するように、大きく両手を広げ胸をあけ、叫びました。
「神に誓って嘘偽りなく証言します。オレは、ーーー茶色です!」
「次!」
たくさんの将棋兵士がぞろぞろと出てきて、担いでいたものを、ドサリと証言台に投げ入れます。
寝ぼけネズミのカークです。
やっとのことで起き上がり、蚊の鳴くような声を聞き取ろうと、皆が耳をそばだてます。
「勘弁、してくれ、オレはコウモリを逮捕しなきゃならない、ウサギじゃないんだ……ムニャムニャ」
「次ぃ!」
トレードマークのシルクハットを磨きながら出廷したのは、帽子屋和矢です。
磨き上げられた帽子の中からティーセットを取り出し、皆に配ると、
「今日は赤の陛下のなんでもない日! おめでとうございます」
と気取ってお辞儀をしました。
「おおそうか、くるしゅうない」
「またあ! もう嫌よこの展開っ。和矢、ちゃんと証言してよ。白ウサギはシャルルで、あたしがずっと捜して困ってたって」
「そうです王陛下、この者のえっちがかかっているのですっ」
ゲゲッ
その発言をきっかけに、せまい証言台に3月ウサギのガイと寝ぼけネズミカークが、我先にとなだれ込んできます。
「So,what a mean? H!」
「だから、アルファベットの7番目の文字だろ?」
「8番目だってば」
「端のことだよね」
「そりゃエッジだろ、マリナの端っこがかかってるのか?」
「そうか、もういよいよまんが家もクビ寸前てことなんだ!」
「ち、違うわよ失礼ね! 結婚したって頑張ってまだギョーカイの端っこにしがみついてるんだからぁ!」
突然、ざわっと廷内がざわめき、騒然となりました。
「結婚?!?」
「Oh my god!! いつの間に!」
「オレたちに黙ってっ!」
血相を変えながら、まるでこの世の悲劇を叫ぶように、3人は泣き崩れます。
「はあ!? あ、あんたたちも祝福してくれたじゃないのよぉっ」
夫は誰だ、オレだ、いいやこのオレだね、オレ以外にないだろ!?
大の男が3人揃ってケンケンガクガクと揉めるものだから、古びた証言台は右へ左へぐんにゃりと曲がり、今にもはちきれそうになっています。
「うるっさぁ~~~~~い!!!!!」
我慢しきれずアリスマリナは被告席を飛び出すと、訴状の羊皮紙を無心でかじっている白ウサギを、とうとうむんずとひっつかまえたのです!
「目ぇかっぽじってよーく見なさいっ、あたしの旦那は、ーーーコイツよっ」
耳をひっつかんでぶら下げた白ウサギを、ズイッと差し出しました。
「……ウサギと結婚するとはさすが、奇人変じイテッ」
「獣姦は感心しなイテッ」
「きっと非常食なんイタッ」
端から順番にポカポカと3バカを殴りつつ、一番最後までくると、そこにはニヤニヤシニカルスマイルを浮かべるチェシャ猫薫が、赤い舌をペロリと出しながら、ワイングラスを片手に、したり顔で言いました。
「ウサギ肉は、煮込みが一番美味い」
とたんに、一同の視線はぶら下げられたウサギに注がれ、誰もがその喉をゴクリと動かしました。ええ、もちろん、食べるの大好きアリスマリナも。
「ハッ!? だ、だめだめだめぇ、これだけは食っちゃダメえ!
シャルルぅお願い、もう元の姿に戻ってよ~あたしもう疲れちゃったわよ~」
涙目になりながら、切々と懇願するのですが、目の前の白ウサギシャルルは、一向にくんくんと辺りに鼻を利かせるだけで、まるっきり普通のウサギ然としたままです。
この時、気づけば良かったのです。
小粋なベストも、懐中時計もない、ましてや二本足で立つことすらしていなかったウサギの様子に。
肩を落としたアリスマリナは、盛大に吐息をつきながら、どうしようもなくただただウサギを撫でていました。
「えーい、裁判はまだ終わってはおらぬ! 娘、だからえっちとはなんだ、早く言わぬと手打ちだぞ」
苛立ちをこめて叫ぶ赤の王美女丸が、余計なことを蒸し返してきます。
「だからっ、問題はそこじゃないわよっ。ウサギは捕まえたし、もういいってば!」
「じゃあなぜ、そんな顔をする」
「とても哀しそうだね、マリナ。オレそんな顔の君、見たくないよ」
「お前が困ってるなら、オレたちは、どんなことだってしてやる。話せよ、マリナ」
ドンナコトデモ
ーーーたとえ既婚でも、
混乱気味の欲求不満の乙女が、
水も滴る美青年たちの群れを前にして、
この時脳内に思い浮かべてしまった妄想を、 誰が責められるでしょう。
「さかりのついた彼女の罪を許し給え アーメンそーめん担々麺」
とぼけて十字を切っているチェシャ猫薫にキックを入れて、アリスマリナはくわっとウサギに向き直りました。
「そもそもあんたがワルイのよ、ウサギシャルル! あんたがあたしをこんなに欲求不満にさせるからっ、こんなことになったんじゃない! 何のためのバカンスよ、何のための二人っきりよぉっ」
「マリナ……」
じりっとにじり寄る美青年たちの包囲網の中、心底慌てながら、アリスマリナは叫びます。
「うう、しゃ、シャルルっっ。なんでもいいから、ほんとに元に戻ってってばあ!!」
思わずぶんと振り回したウサギは、まさに脱兎の言葉通り、マリナの腕をすぽんと抜けだして、ぴょーんぴょーんと逃亡してしまいました。
あっけに取られて、アリスマリナはしばし呆然と、その姿を見送っていました。
「う、嘘ぉおおお……!!?!???!」
「何がお前をそんなに不安にさせてる? オレなら、お前にそんな顔させやしない」
「ウサギなどもはやどうでもいい。アレの代わりに、おまえを飼ってやる。絶対に離しはしないぞ」
とうとう赤の王美女丸までもが、マリナに詰め寄ります。
「わーんっ、うれし、いやっ、こ、困るわよこれは~!! 笑ってないで助けなさいよ薫ぅっ」
ひとしきり笑ったチェシャ猫薫は、やがてぴくりとヒゲを動かして、天を仰ぎました。
「来るぞ」
たくさんの将棋兵が、法廷になだれ込んできます。
「大変デスだ~! みど、いんや、赤のおうさま、大変なんですだ」
「みど、いんや、赤の王様、一大事ですだっ」
「あか、いんや緑のおうさま~」
「違うべや、赤だべ、また首が飛ぶだぞ」
「ええい、打ち首だ! なんだというのだ、早く申せっ」
「谷向こうの、し、し、白の王さまが突然、アアッ」
ビリビリっと建物が揺れたかと思うと、ガガーンと天を裂くような稲妻が、天井を砕きました。
その合間から、まるでドラゴンのような羽の生えた、真っ白い巨大な爬虫類が、空から舞い降りたのです。
その背から、真っ白いマントをたなびかせ、恐ろしい獣の手綱をとった白の王シャルルが、眩しげな威光を放ちながら、冷ややかな視線を赤の王に投げかけます。
「それはオレのものだ。指一本でもふれてみろ、命はないと思え」
直後、風のようにアリスマリナをさらうと、白の王シャルルは、しっかりと彼女を抱きしめました。
広い胸の中から見上げたその繊細な美しさは、間違いなく、マリナの一番愛する彼でした。
胸が熱く震えます。
白金の髪のこぼれる光を受けて、憂いを帯びた青灰の瞳に映る自分こそが、真の自分だと、マリナは強く感じました。
今度こそ逃がさないように、ぎゅっとその胸をつかみつつ、彼女は今まで抑え込んでいたせいいっぱいの想いを吐き出します。
「どこに行ってたのよ、探したんだからっ! ばかぁっ」
大きな瞳から、思わずポロリとこぼれた涙を慰めるように口づけて、白の王は大混乱する法廷を振り返ります。
「ジャバウォッキー!」
シャルルが鋭く叫んだその時、低く唸り声をあげた巨獣の尾が、みるみる鋭い剣へと変わっていきます。
驚いて顔を上げると、大きな尻尾が唸りをあげて、不思議の国の住人たちに襲いかかるところでした。
「Off with their heads!!」
冷酷な命令とともに、その剣で薙ぎ払われた法廷内にいた全ての者の首が、まるで風船のように宙を舞いました。チェシャ猫を除いて。
「んぎゃああああ!? なにやってんのーっ」
「君をわずらわせたんだ。これくらい、文句はあるまい」
「だ、ダメよシャルル! みんな大切な友達でしょ!? 元に戻してあげてっ」
必死のマリナの頼みに、仕方なさそうに瞳を閉じると、白の王は自分のマントを大きくひるがえしました。
するとどうでしょう、真っ白な薔薇の花吹雪が舞い起こり、その渦の中から、光り輝く大きな白い鳥が1羽飛びたったのです。
空気を切り裂くような透明な雄叫びを上げて、その鳥は円を描きながら、法廷内に倒れた者の上を飛び回りました。
「あとはバンダースナッチに任せよう」
そう言い残し、白の王シャルルが巨獣の手綱をひくと、豪風をあげて地面を蹴り、ジャバウォッキーは再び空へと舞い上がりました。
巻き上がる風の合間から必死に下をのぞくと、光の粉を振りまきながら、旋回するあの鳥が見えます。
降り注ぐ光の粉を浴びて、みんなの首が元に戻っていきます。
アリスマリナはほっと胸をなでおろし、下へ向かって大きく手を振りました。
「バイバーイ! 元気でね~、ちょっとは楽しかったわぁーっ」
ぐんぐん遠ざかる不思議の国の友人たちが、大きく手を振り返してくれています。
ふと見ると、ジャバウォッキーが壊した法廷の外塀の下に、壊れた巨大な卵がジタバタとしているではありませんか。
「まっ、松井さん!!?」
「ああっ、出遅れた上に塀から落ちて粉々に~っ、やっぱり池田マリナに関わるとロクな事がない! これじゃあ家族のもとに帰れない、困る、困るぞ! 待ってろ愛しい真琴、一樹に南っ。お父さんは必ず帰るよ~っ。
オレも元通りにしてくれ~っ、バンダースナッチ~!」
そう、それはハンプティ・ダンプティに扮した憎き担当、松井の哀れな姿でした。
チラリと下を一瞥した白の王シャルルは、叫びます。
「熱力学第二法則により、そのエントロピーの高い状態からは、完全に不可能ではないにしても、低い状態へは移行しない。例え王の馬と家来を80人、更に80人動員しても困難だ。
自分でどうにかし給え、Monsieur Humpty Dumpty!」
「どういう意味?」
そう問いながらもアリスマリナは、いい気味だと言わんばかりにチェシャ笑いをしながら、下に手を振ります。
「卵は”一度壊れると容易には元に戻らないもの”の代表だ」
「あはは、それもそうね!」
「世界のどこにでも、ハンプティ・ダンプティは存在するのさ」
そう言う白の王シャルルの厳しい横顔を眺めながら、アリスマリナはにんまりと笑います。
「壊れてからでも、あたしは有効活用するわよ! 美味しく食べて、どんなものでも栄養にしてやるわっ」
びっくりしたみたいに目を見開いて、白の王シャルルは息を飲みます。でもすぐに大輪の花のような笑みを浮かべ、アリスマリナの丸い愛らしい頬にキスします。
「シャル、る」
その優しさに安心しきって、アリスマリナはうっとりと広い胸に身を委ねます。
そして、もっとキスをねだろうと油断したその時、気まぐれな風が短いスカートを、思い切りまくり上げました。
卵のむき身のようなツルツルのまぁるいおしりが、白の王シャルルの視界を満たします。
「き、ぎゃぁあああ///!!?!?」
それもそのはず、実は衣装を変えたあの時、サイズの合う『パンツ』は、なかったのです。
もう一度言いましょう。
アリスマリナは今まで、”パンツ”が”ノー”の状態の、たいそう心細い心持ちで、不思議の国を歩き回っていたのです!
「だだだ、だからそのっ、 ち、 チガウの、
履けるちょうどいいパンツがっ、
合う サイズのがっ なかったのよぉっ! ヘンタイじゃないからねっ、違うからねーっ」
顔から火が出るかと思うほど慌てながら、必死に裾を押さえたその時、低い笑い声が響いたかと思うと、手綱を離したシャルルが、容赦なくまたスカートをまくり上げました!
「オレも卵を、いただくとしよう」
「ウソぉ!? こ、こんなとこでなんか……、や、やだぁあああああ!!」
叫んだ拍子にジャバウォッキーがひとつ大きく咆え、なんとアリスマリナは、その背からズルリと落っこちてしまいました。
「ひえええええ! エッチもしないで、シヌのなんか、
いやぁあああああ~~~~~」
落ちながらふと上を見ると、空で反転して、急降下してくるジャバウォッキーの背の上で、必死な顔のシャルルが見えます。
「今行く、マリナ!!」
「しゃるるーーーーーー!!」
ノーパンアリスマリナは、落ちて、おちて、
またまた落ちて、
とことん落ちまくりました。
「……リナ、……ナっ!」
「う~ん、う~ん、死にたくないぃぃ、ぱんつもないしエッチもしてないで死ぬのはいやーっ!」
「マリナ!!」
「はっ!!!???」
ビクリと目を開け、ガバっと身体を起こすと、そこは元の寝室でした。
いぶかしげな様子のシャルルが、眉をひそめてそんなマリナを見つめています。
「こ、ここ、えっ、不思議の国は!? あたしデカトカゲの背中から落っこちて……!」
「落ち着け。どこにも行ってやしない、少し眠っていただけだ」
「寝て、えっ!? あたし……寝てた、の?」
「ああ、これをかじってね」
呆れたように髪をかきあげて、シャルルはマリナの鼻先に、あるものを差し出します。
「っ、クサっっ!!」
覚えのある激臭が、寝ぼけた意識を直撃しました。
「これはね、スティルトンチーズといって、英国の限られた県でしか作られない、希少なチーズなんだ。かつてエリザベス女王が来日した時、これがなくて、急遽空輸したほどのエピソードを持つ、独特な魅力のある物だ」
「へー、そんなすごいチーズだったの。で、だからなんだっていうの」
「実はいわくはそれだけじゃない。これは、就寝前30分前後に食べると、明晰夢を見るといわれている」
「チーズで夢ぇ!?」
「しかも奇妙な、ね。実際に英国チーズ委員会が行った調査で、20gのスティルトンを食べた被験者の70%の男性が、”奇妙で鮮明な夢”、女性に至っては85%が、”奇怪な夢”を見たという結果が報告されている」
「き、キカイキカイ! 奇怪ったらなかったわよあの夢っ、今思い出しても寒気がするわっ。あー、夢でよかったぁぁ」
バタバタとベッドの上でのたうち回るマリナの頭をコツンとやって、シャルルは鼻白みました。
「マリナ、オレに断りもなくこんなにカビの生えたものを口にするな! 黴は有毒なものもあるんだ、いくらチーズでも、特にこういう癖の強い物は、その見極めは難しい。
いいか、今後一切、オレの許可なくモノを口にするな!!」
「えええ、そんな!」
「じゃなきゃ、楽しいバカンスがふいになっちまう。バカンス中に、そこまで気をまわさなきゃならないオレの苦労も、わかって欲しいものだね、フン」
ぷいっとそっぽを向いたシャルルに、マリナはしゅんとしました。
「ね、ねぇ、ゴメンってば~シャルルぅ~」
コソコソとすり寄るマリナをチラリと横目に、シャルルはにやりと笑い、からかうように口を開きました。
「エッチしないで、死ぬのはやだ、ね」
「えっ/// ちょ、あたし、しゃべってたの?」
「パンツも履いてないって……まったく、マダムは何の夢を見ていたんだか、フフ」
「言わないで~っ! もう夢はいいってばっ」
ゴロリと仰向けになりながら、シャルルはクックと楽しそうに肩を震わせています。
「まったく、ほんっとに最悪な夢だったのよ。
みんな出てきたんだけど、どいつもこいつもハチャメチャ!
あんたはいなくなっちゃうし……もう二度とゴメンだわ」
むくれながらシャルルに寄り添い、ローブの襟をギュッと握りしめ、マリナはシャルルを追いかけていたことを思い出しました。
言いようのない不安がずっとつきまとい、それはそれは心細かった、あの不思議の国。
ーーー大きな腕が、優しくマリナを包み込みます。
「オレはここにいる。マリナのそばに、必ず」
その時どこからか、ボーンという時を告げる重厚な音が響きました。
「あ、もしかして」
「ん、ああ」
「ーーーお誕生日おめでとう、シャルル」
「ありがとう」
「今年も一番に言えて嬉しい。シャルルが生まれてきてくれて、良かった」
「それは……オレが言うことさ。
オレは君に会わなかったら、自分の生を喜ぶということに、気づくことすら出来なかった。
ありがとうマリナーーーオレの、ファム・ファタル」
さらさらとこぼれる白金の髪を彼女の頬にこぼしながら、シャルルは切なく微笑み、込められる精一杯の想いを唇にのせ、優しく口づけます。
「起きたら、お祝いのパーティー、しましょうね」
シャルルを抱きしめていると、心と身体があたたかくほぐれていくのを感じます。
夢から醒めて現実に戻り、確かな存在を体全体で知るこの瞬間はとても愛しくーーーマリナは、優しく微笑むシャルルに、もう一度キスしようと、頭に手を伸ばしました。
フニッ
サラサラヘアのシャルルの頭に、なぜかフワフワとした感触が。
おそるおそる指でさぐると、頭のてっぺんに、覚えのある触り心地が。
慌ててシャルルの顔をがっしとつかみ、ぐいっと下を向かせるとーーーニョンっと生えた二本の白い長耳が!!!
「ぎゃあああああ!
また ウサギぃぃぃ!!???!?」
FIN!
Happy Happy Never Ending Story!
楽しい夢は、どこまでも貴方を追いかけます!?
ハッピーバースデー シャルル!
終わらない夢を、貴方に♪
拍手いただけるとガンバレます( ´∀`)
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