「片づけジャンケンしましょ!」
不思議な館の冷蔵庫には、素晴らしく美味な食事が開ける度に用意されていて、食いしん坊なマリナはいつもごきげんです。
まあ、冷蔵庫のカギは彼に握られているのですが(笑)
今も素敵なディナーをたっぷりじっくり味わい終え、翡翠のようなマスカットを、彼の手から食べさせてもらって、マリナは幸福に満たされていました。
しかし当然テーブルには、晩餐を彩っていた食器類が、役目を果たし累々とその身を横たえています。
はてさて、ここは魔法の館とはいえ、これらが消えてなくなるわけではありません。
そしてここには、シャルルとマリナ、ふたりの人間しかいないのです。
全く家庭的でないふたりですが、仕方ありません。
今回のバカンスは使用人なしを決めていたので、いくばくかの身の回りの手間を、怠けるわけにはいかないのです。
さて。
マリナはふくれたおなかをのけぞらせ、うん、と伸びをし腕まくりをしました。
そして、↑のセリフを、悠々と優美にワインを傾ける彼に、言ったのです。
何の事はない、不思議空間といえど、現代の文明の機器、食器洗浄機があるのですから、そこへほうりこめばいいだけです。
今までも何度か使用人なし休暇を過ごしてきたふたりですから、ふたりだけのルールも、自然と出来上がってきます。
こういった別邸滞在中、いつも”1回だけ”は、ジャンケンに負けてくれるんですよ、彼も。
少しは、彼女に譲歩しているんでしょうか。
もちろん彼は、負けるも勝つも、単純マリナ相手では朝飯前です。
しかし、彼がお皿洗う姿、想像デキませんね(笑)
「じゃ~~~ん、けん……っ!」
”いつその時”(つまりシャルルが負けてくれる時ですね)が来るかわからないので、いつでも気合いっぱいの彼女が、シャルルは可笑しくてたまりません。
頬杖をついて苦笑いしながら、彼はそんな彼女のペースに巻き込まれることを心地よく思い、出来レースな勝負に決着をつけるべく、ゆっくりと手をあげました。
「ほらっ、ちゃんとキレーに洗うのよ~。
まだ汚れが残ってるわよ! 食中毒になったらどうするのっ」
君相手なら細菌の方が裸足で逃げ出すだろ、と喉まで出かかったシャルルですが、珍しく気分が良かったので、綺麗な口角を上げたまま、黙って作業を続けていました。
生まれてこのかた、食器の片付けなど数えるほどしかしたことありませんでしたが、自分がひどく人間らしく感じて、心が凪ぎます。
しかし、彼女がいなければ、絶対にこんな自分は知らなかったし、知る必要もない人生だっただろうと、頭のどこかが冷めます。
「シャルル、あ~んして」
「うわ~なにこのボタン、何に使うの?」
「ギャー、これ何の肉よっ」
「……ヒマならそう言えよ、ほら、これ持って」
「イヤよっ、貴重なただ1回の休みなのに、なんでやんなきゃいけないのよ」
高級フランネルの真っ白いシャツを腕まくりしたシャルルは、少し肩をすくめて、無駄のない洗練された動作で、仕事をこなしていきます。
「うふふ、シャルルとお皿洗いって、なんかおもしろ~い」
「そう? シンクにはよく立つぜ、解剖の時なんかね」
涼しい顔でそういう彼を見て、満面の笑みから一転苦い顔になったマリナは、彼の背後に逃げていきます。
やがて手持ち無沙汰そうに、その大きい背中で遊び始めます。
習った仏語を、たくましい壁に丸い指先で書いていきます。
くすぐったいですね、……幸せですね、シャルル。
協力して問題も出します。
「りんご」 「食べる」 「唇」 「キス」 「愛してる」 「そばにいて」 「君が欲しい」
だんだん難しくなるし、方向性もあやしいです。
イライラしだし、つまらなくなってきた彼女は、手を変えました。
高級シャツをガバッとめくって、鍛えられた背中をコチョコチョしたり、ペロペロしたりチューしたり。
彼の手が泡だらけで身動きできないのをいいことに、遊びまくります。
そのうち気付くのです、あまりに美しく、たくましい頼りがいのあるその存在に。
そういえばシャルルの背中なんて、あまりじっくり見たことない……
でもシャツが邪魔。
もっと”確かめたい”のに。
「……右から2番目のやつが、軽くて扱いやすいぜ」
拍手いただけるとガンバレます( ´∀`)
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