~1幕
今思えば、とにかく、不思議な館でした。
いえ、この場所では『不思議が日常』と思った方が、気持ちを落ち着けるために良い方法なのです。
「よい、しょっと! は~、しんどかったぁ」
荷物をそれぞれの私室と決めた部屋に置き、ふたりは高い吹き抜けの広い中央サロンに、落ち着きました。
人の気配などまるでないのに、不思議とすべてがたった今用意されたかのような配慮を感じ、マリナは首をかしげていました。
しかし、ゆったりとした部屋着に着替えた恋人の美しい姿の前には、すべてがどうでもいいことでした。
ここには、彼をわずらわせる雑事も、ふたりの時間を引き裂く緊急事も、ないのです。
緩む頬をそのままに、その開放された姿をいつまでもうっとりと眺めていました。
その視線に気付いて仄かに微笑む彼は、身も心もとろけるような美しさに満ち溢れています。
この唯一無二の美を、ここにいる間は独り占めできる。
マリナの小さな胸は、否が応にも高鳴ります。
そして、快適なバカンスを過ごすために彼とした約束はひとつ。
『決して邸内をひとりで歩き回らないこと』
「はあ? なにそれ、めんどくさいっ」
素晴らしいアンティークカウチの上を占拠しながら、山盛りのマシュマロが入ったボウルを抱え、マリナはあからさまにしかめ面をしました。
その文句に、シャルルはおもむろに立ち上がり、なぜかたくさんあるドアのうちの一つを開け放ちます。
するとなんとそこは、墨を流し込んだような、ただ真っ黒な空間が、胡乱に広がっていたのです。
今は昼間です、いくら暗幕をひいたとしても、この暗さは異常でした。
パチクリするマリナの目の前で、シャルルはアンティーク燭台で炎を揺らす蝋燭の1本を手に取り、いきなりその闇に投げ込みました。
火事になっちゃう! 一瞬身体を強ばらせたマリナでしたが、仄かな光は音もなく、ーーー深淵に吸い込まれていきました。
「頭の鈍いマリナちゃんのためにわかりやすく言うと、オレたちは、イギリス発のあの世界的に有名な魔法ファンタジー小説のような場所にいる、ということだ」
それって、ハリ◯タのことかしら?
マリナは胡散臭い気持ちを抑えられず、そろりと彼のそばに寄り、手に持ったマシュマロのひとつを、その中にぽんと投げ入れます。
すると目の前の闇の彼方で、獣の咆哮のようなうなり声が地響きとなって、マリナの身体に届きました。
心底怖気がくるような危機感に、ドアノブを握るシャルルの手に飛びついて、急いで扉を閉めます。
震えが止まりません。
真っ青になって噛みつくようにシャルルに向き直ると、マシンガンのように文句を言い放ちます。
なにせホラーが大の苦手の彼女のこと、楽しむために来たはずのバカンスで、なぜ身の危険を感じなければならないのか理解できません。
しかしシャルルはそんな彼女に覆い被さるように上からのぞき込むと、その麗美な頬に影を落とし、妖しく囁きます。
「だから、オレのそばから離れないこと。
じゃないとどうなるか……さすがにそれもわからないほど、バカじゃないよね?」
その皮肉に苛立ちましたが、ふいに青灰の瞳がゆらりと揺らめいて、浮かぶ光が歪みます。
注がれる視線が熱くてたまりません。
それを目の当たりに、こくりと息をのんだマリナは、何よりも怖いのは目の前のこの男なのではないかと背筋を震わせました。
前門のシャルル、後門の???
どちらに転んでも、ろくな結果にならないことは明白で、彼女は目つきの悪いあのドイツの魔法使いを心底怨みました。
すると突然、ぐいと顎を持ち上げられ、ぴったりと唇をふさがれます。
「ン”っ!?」
巻き付くようなきつい抱擁に、身動きひとつ出来ません。
されるがままに唇を貪られ続け、息をするのも苦しくなってきました。
限界を感じて身をよじろうとしたその時、
「それはオレのものだ……!」
強い衝撃と共に身体が後ろに引かれ、あっという間にシャルルから引き剥がされ、誰かの胸の中に抱きしめられました。
ガタンと派手な音を立てて床に倒れ込んだ彼を急いで見ると、白金の髪の間からのぞく顔の部分が、
真っ黒な闇に覆われていたのです。
「ヒイッ!?」
金切り声を上げて逃げようとしたマリナを、暖かい腕がしっかりと支えます。
「חזרה לחשכה(闇に還れ)」
鋭い声と共に空気を切り裂いて飛んだ銀の細い短剣が、”シャルルだと思っていたモノ”の胸に突き刺さります。
まるで霧が霧散するように、
黒い粒子が辺りに飛び散り、
支えを失った銀剣が、
硬い音をたてて床に落ちました。
その異景に愕然としていると、馴染み深いプラチナブロンドと、愛してやまない香水の香りに包まれていることに気付きました。
一瞬ぎくりとして悲鳴をあげましたが、「大丈夫だマリナ、オレだ!」澄んだテノールに慰められた瞬間、冷たい汗が背筋を流れました。
「なっ、なに、なんなのよアレ!? あ、あ、あたし……っ、ナニとキスしちゃったのーっ!?」
「おかしい、結界は効いているはずなのに……やはり儀式が完全ではなかったということか?」
パニックで暴れるマリナを抑えつけるように抱きながら、シャルルは低い声で自問します。
「あああ、あんたっ、ど、どこに行ってたの!? まっ、まさかあたしのオバケに……!?」
マリナは半泣きで片腕を振り上げ、シャルルの形の良い唇をゴシゴシとこすります。
「やだーっ、あんなのとチューしないでっっ!」
「フフ、オレがあんなちゃちな魔に引っかかると思うのかい?
本物の君の魅力は、何物にも真似れないよ、ほら落ち着いて、マリナ」
口直ししないとね
風のように囁いた後、温かい薔薇の吐息が唇にかかります。
小鳥のようについばむ唇がもどかしく、それを追いかければ、とろけるように狂おしい熱が注ぎ込まれます。
何度も何度も重ねる口づけは、一度たりとも同じものはなく、刻み込まれる情熱は深く深く彼女の奥底を熱く濡らしていきます。
こんなキスをくれるのは、この世界でただひとり、シャルル・ドゥ・アルディしかいません。
「ーーー落ち着いた?」
最後の吐息を分かち合い、僅かに離した唇が、密やかに語りかけます。
その広い胸の中で、くたりと身体を預けながら、マリナは彼が煙のように消えてしまわないよう、しっかりとブラウスを握りしめています。
「怖かったじゃない……っ。
あたしは丈夫だからどんな思いしようといいけど、あんたがいなくなっちゃうのだけは、イヤよ!
毎回キスするわけいかないし、あんたが本物だって、どうやって見分けりゃい、ど、どうしたのシャルル!?」
彼女を抱きしめながら、形の良い顎をあげ、彼は喘ぐように荒い呼吸を繰り返しています。
玉のような汗が浮かぶ端正な顔は、紙のように真っ白です。
「少し、気力を使いすぎただけだ、まだ身体が慣れない……あの男にできて、このオレに出来ない訳はない、大丈夫だ」
あの男とは、3匹の動物を連れた魔法使いのことでしょう。
マリナは得体の知れない迫力を備えた彼の眼光を思い出し、ぶるりと震えます。
ほうっと深い吐息をつき、シャルルは細い声で言いました。
「ねぇマリナちゃん、オレを元気づけてよ」
「えっ、何をすればいいの」
「そうだな……」
カウチにぐったりと背を預けてはいましたが、シャルルは動きやすいボーイッシュなキュロットから出ている丸い膝を、優しく撫でています。
「あんたが元気になるなら、あたしなんだってやるわよっ。痛くなければ」
きらきら光る大きな瞳に見つめられ、彼の胸の内はじんわりと温かくなります。
これだけで充分でしたが、この館と付き合うためには少しコツがいるのです。
彼は考えます。
説明するより、体感する事が彼女のためか。
シャルルは身体を起こして、そっと耳元に唇を寄せました。
※2021-09-24 Googl eさんからアドセンスのポリシー違反してエロいの置いてね⁉
て怒られたので😂後半もちっと長めに地下に移動しますwwwww イヤァァアアア(*ノェノ)
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