シュバルツバルトは黒い森 影をものみこむ黒い森
シュバルツバルトは暗い森 魔法にかかった暗い森
これからするお話は、時の隙間の甘い甘い、不思議な夢の物語です。
あるところに、才知に溢れたとても見目麗しい青年がいました。
しかし青年はとても偏屈な上に気難しく、同時にとても重い責任を負っていました。
敵も多く、来る日も来る日も、たった一人で戦い続けなければなりませんでした。
しかし、孤独と倦怠に包まれながら、それでも歩み続けたその先で、彼はかけがえのない宝物に出逢います。
それは彼が今まで気にもとめなかった、ただの女の子でした。
その女の子が笑うと、自分まで嬉しくなる。
その女の子が泣くと、自分まで悲しくなりました。
見つめられ、名前を呼ばれるただそれだけで、天にも上るような気持ちをはじめて知りました。
彼女が困っていれば、たとえ自分がどれほど辛くとも、精一杯力を尽くしてきました。
その気持ちをなんと呼ぶのか、彼はすぐに解りました。
そう、愛です。
彼は愛という宝物を見つけ、その女の子と共に、生まれて初めて感じる夢のような幸せを、とても喜んでいました。
そんなとき、大きな戦いに巻き込まれ、そこで彼は、狼と猫と鷹をつれた魔法使いと知り合います。
その魔法使いは、彼の一族の古くからの仇(かたき)だったのですが、愛を知った彼には、争いがどれだけ愚かで無意味なことかがわかり、お互いに協力する事ができました。
戦いが終わったあと、魔法使いはお礼にと、秘密の場所をこっそり教えてくれました。
そこはあの恐ろしい黒い森の中にあり、精霊の導きがないと決してたどり着けないという、不思議な館のことでした。
愛を手に入れても、敵が多くなかなか安らげる場所を得られなかった彼にとって、これ以上の喜びはありません。
注意深く魔法使いと約束を交わし、忙しい仕事の合間をぬって作った休日に、
「ねぇ~シャルルぅ、まぁだぁ~~~~~?」
彼は愛しい愛しい彼女をつれ、
「さっきからおんなじとこグルグル回ってんじゃないのよぉ、お腹へったーっ」
禁断の黒い森に、足を踏み入れましたーーー
「まだ着かないのぉ!?
だいたいホントに、こんなとこに別荘なんかあるのかしらぁ?
疲れたわよ、もう歩けないーっ。あ、おやつにしてくれたらまた歩けるかも。
じゃなきゃおんぶー、だっこー!!」
「……(# ゚Д゚)」 ※←シャルル
愛にも、色々あるのですね。
彼が声をかけるまでもなく、さっさとバスケットを開けだした彼女に、重い吐息を吐きながら、彼は足を止めました。
「ポットから茶を直に飲むな、クッキーを鷲掴んで頬張るな、地べたに座りこむな!
昨晩あれほど説明したのに、この行程の危険性をまだ理解してないとみえる。
いいか、今オレたちが辿ってきたのは呪術的に作り出された、特殊な道なんだ。
一歩でも踏み間違えばこの森の虜となり、永久に外界に出れず、そして死してもなお、この森を彷徨うことになるんだぜ。
まあ永遠を君に誓ったオレはそれでも本望だが、そうなったら金輪際、二度と、永久に、うまい食事には、ありつけなくなると思えよ」
恐ろしい声音で、幼子を諭すように低くそう言う彼に震え上がりながら、彼女は急いで立ち上がり、たくましいその腕に飛びつきました。
ざわざわと鳴る木ずれの音が、急激に強くなった気がします。
自分から伸びる影すらが、今にも襲いかかってくるのでは、そんな想像に、小さな身体がぶるりと震えます。
黒い森の濃い影の中、手元に来た柔らかく甘い感触に彼は満足げに微笑み、その小さな手をしっかり握りしめると、再び精霊の導きに神経を傾けました。
彼の名前はシャルル・ドゥ・アルディ。
ちょっと変わった小柄な女の子は、マリナ。
これからふたりだけの、特別な休日が始まります。
一歩一歩、闇に導かれながらたどる道の先に待つものは、果たしてどんな時間でしょうか。
イケナイ大人の夢童話、 はじまり はじまり。
どれくらい歩いたでしょう、
いきなりぽっかりと森がひらけ、
ふたりの目の前に、お話に出てくるような、それはいかめしい洋館が現れました。
いつもなら亡霊が出そう、なんて思うのですが旅の疲れもあってか、女の子はほっとしたように足を速めました。
ポーチを駆け上がり、巨大な扉に飛びつこうとしたその時、
「待て、マリナ」
力強くぐいと引き戻されたのです。
苛立ちまぎれに振り向くと、彼は何やら懐から取り出し、不審がっている彼女の小さな指先にそれを押し当てました。
するとみるみる鮮血がにじみ出し、指先に小粒のルビーをのせたようになったのです。
痛みすら感じないその出来事に、呆気にとられて固まっていると、彼の指先にも美しいルビーが現れました。
「これは髪の毛よりも細い特殊な針だ。痛みはなかっただろ?」
光に透ける白金の髪を揺らしながら、静かに彼は言いました。
「これから儀式をする。
気持ちを落ち着けて、オレの呼吸に合わせてくれ」
巨大なオークの扉の前で彼は静かに手をあげ、鈍く輝く血の出た指を、彼女のそれと合わせました。
痛みなど感じてはいないのに、瞬間鋭い電流が身体を突き抜けた気がして、彼女は背中を震わせました。
息を飲んでいると、やがて彼は低く澄んだ声でエンチャントを唱えはじめ、その不思議で危うげな響きが空間を揺るがします。
ザアッ
その時ふいにおこった突風に巻き上げられた木の葉が、マリナの決して高くない鼻に直撃し、
「マリナ、このままドアに指を押し当てろ。血を捧げるんだ」
いきなりの物騒極まりない不遜な物言いに仰天したのと、ムズかった鼻が限界に達した時ーーー
「ファ!?
へ、へ……っっ、 ふぇっ、くしょーぃ!( >д<)、;'.・」
ドアに指をついたと同時に、
言いたくありませんが、
彼女の口から飛び出した飛沫も大量にドア壁に……
すると、ピキーーーーンという今まで聴いたことのない高周波が辺り一面に響き渡り、頭を金鎚で殴られたような酷い痛みが、ふたりを襲ったのです。
突然目の前の洋館が、生きているかのようにギシギシと凄まじい家鳴りをたて、身震いしました。
とっさにマリナをかばうように抱きしめたシャルルは、しばらく低く身構えながら様子を伺っていましたが、その麗美な顔は紙のように真っ白でした。
マリナは、血どころか……この館に、盛大に別のモノまで捧げてしまいました。
空はゴウゴウと低く鳴り、草木はざわざわと不穏な葉ずれを奏でます。
マリナは、恐ろしくてギュッと目を閉じます。
そしていよいよ強く抱き寄せられたその時、
ピタリと、全てが鎮まったのです。
時まで止まってしまったかのような静寂に、ふたりはゆっくり、起き上がりました。
ガチャ ギ ィイイ
目の前の、樫の古木で造られた巨大な両扉が、ゆっくりとその身を開けたのです。
「成功、か……?」
「と、とにかく開いたんだしっ、早くおやつにしましょうよ!」
今までの怯えもどこ吹く風で、ずかずかと邸内にのりこもうとした彼女の頭に、シャルルのこぶしの手痛い洗礼が施されます。
「い……っっっ たぁーーーーーーーーーい!!」
そのいかめしい外見からは想像もつかない、モダンアールヌーボーに彩られた邸内に響き渡った第一声は、生気に満ち溢れ、明るく軽やかに広がっていきました。
続く
拍手いただけるとガンバレます( ´∀`)
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