2013/02/11

記憶の迷宮でだきしめて!3


記憶の迷宮でだきしめて! 3







さんさんと降り注ぐ朝日に、あたしはぼんやりまぶたを開けた。
見慣れないシーツの色を不思議に思いながら、寝ぼけた頭で昨日の出来事を追っていく。
「ーーーっ、シャルル!!」
記憶のピントがあって、そう叫んで飛び起きると、やっぱりベッドはあたし一人っきりで、彼の姿はどこにもなかった。
時間は、まだ7時。シャルルが起きるはずもない時間だった。
あたしはガックリと肩を落として、ベッドへと倒れ込みそうになるくらい落ちこんで、呟いた。
「昨日の、夢だったのかな……」

「夢があんなにイビキと歯ぎしりをするとは思えないね、おかげで眠れず仕舞いだ」

ふいに背後から透明なテノールが響いて、急いで振り返ると、シャワー後らしく象牙色のローブをまとったシャルルが、髪の毛を拭きながら仏頂面で立っていたのっ。
「君と一緒に眠れる奴は尋常な精神の持ち主じゃない、驚嘆に値するね」
「あんたよっ」
たまらず叫ぶと、シャルルは挑戦的にニヤリと笑って、



「さすが、オレだ」



って、言ったのよぉおおおおお~~~~!!!
もうもうこの時のあたしの頭の中ったら、世界中の教会の鐘の音が鳴り響いてたわよっ。
ああっ、シャルルがそれっぽく戻ってきてるぅ!
んじゃあたしのことは!?
張り切ってそう尋ねると……シャルルはふいと背中を向けて、窓際までゆったりと歩いて行ってしまったの。その表情は、どこか遠くを見つめていて、発作の前症状とよく似ていた。
不審に思っていると、すぐに身を翻して隣室に入り、スーパーマンもびっくりな早着替えをして、颯爽とシャルルが現れた。
そんで首根っこひっ捕まえられたあたしは、あっという間に車に放り込まれて、どこかへ連れさられたのよ!
顔洗わなくても死なないけど、朝ご飯食べないとあたしは死んじゃうのよぉお~~!






「今日は付き合ってもらうぞ。
今までのことを、この目で確かめたいんだーーー君と」

ハンドルを繰りながら、シャルルは穏やかな声色でそう呟いた。
ハッとしてその横顔を見ると、今まであたしに対してイライラと怒っていた影はどこにもなくて、どこか悲しげで申し訳なさそうな、そんな静かな瞳をしていた。
12月にしては珍しく雲間から輝く日差しがこぼれて、運転するシャルルの輪郭を、それは綺麗に浮かび上がらせている。
そして、どこかちょっと頑なさを感じる透明な横顔は、昔ダ・ヴィンチの謎を追った時、まだ友達といえるかどうかの、ギリギリのラインのシャルルを思い出させた。
そっか、またあの時のあたしたちから、はじめればいいんだ。
あたしはふっと肩の力を抜いてにんまり笑い、そんなシャルルに言った。

「そういえばちゃんと自己紹介もしてなかったわよね。
あたし、えーと、……池田マリナ! 
たぶんあんたのことを、世界でい~っちばん理解してあげれる人間なんだからっ。
心を開いて、なんでも話し合って、仲良くやってきましょうよっ。
あんたのヘンテコなとこなんか、もう慣れちゃってるもの、だから安心してあんたの思う通りにやんなさい。
あたしずっとそばにいてあげるから! 
だけどその前に、何か食べる物買ってね、ねっ」

途端に、キキ~~ッガックンと急停車したポルシェ!

ベルトはしてたけど思わず頭ぶっつけちゃったじゃないのっ、何すんのよ暴走シャルル!
頭を押さえてくわっと振りあおぐと、シャルルはビックリしたみたいに唖然として考えこみ、やがてその言葉を飲み込んだように驚いて笑って、そっと瞳を伏せて吐息をついたの。
「和矢の言った通り、やっぱり心底変わってるな。……けど、悪くないね」
ん? 何かこれってどこかで聞いたような……?
かすかな記憶をたどりつつふと車窓をみると、きゃ~ん、美味しそうなクレープのスタンドが!
ぐぐ~っと鳴ったあたしのお腹の脅迫に、シャルルは苦笑いしてユーロをくれた。
あたしは一目散に車を飛び出して、たっぷりとお宝をゲットしたのだった。








腹ごしらえしたあたしたちは、特に大事件のあった想い出深い場所を回っていくことにした。
まずは近場のいわくのルーブルだけど、生憎当時の現場は焼け落ちちゃって、すでに跡形もなく整備されちゃってた。
でもシャルルは当時の新聞記事やらですでに予習済みで、あたしとこの場所に立ちたかっただけなんだと、静かに言った。
緑のゲオルギウスの小部屋。
永遠に届かない想いを集めた、切なくも愛のあふれる、秘密の部屋。
そしてーーー怖ろしい欲望の犠牲になってしまった、和矢のママンであるマリィの悲しい終着点で、 陰惨な事件のあった場所。
今も怪談話よりおっかない由香里の般若顔が、忘れたくても忘れられないっ。おーブルブル!
久しぶりに、洪水のように思い出があふれてくる。
あたしはかすかな記憶を頼りに、シャルルが昔歌ってくれたゲオルギウスの歌を、何となくハミングしてみた。
シャルルは興味深げにそんなあたしを見つめつつ、ニヤリと笑ってヘタクソ、と言いやがったのっ!
「悪かったわねっ。でもあんたが初めて聴かせてくれた歌なんだからねっ」
ぶんむくれて言い放つと、シャルルはハッとしたように身体をこわばらせ、

「オレは……怪我を、していた?」

ぽつりとつぶやいたのよ!
そうっ、そうよ! そうなのよ!!
これはふたりの思い出だものっ。
よかった! シャルルの中に、ちゃんとあたしいるじゃないっ。よかった!
うれしさのあまり、あやうく絶叫しちゃうとこだったけど、ここでシャルルの思考を邪魔しちゃ台無しになっちゃう。
あたしは慌てて口をふさぐと、発作に入りそうなシャルルを無理やり引きずって、次の場所を目指した。
















あたしたちは、アンボワーズからシュノンソー、懐かしのシャンボールへと回ることを決め、その道中の車中は、ほぼマリナちゃんワンマンショーだった。
でもちっとも疲れなかったの、なんせ強烈な思い出ばっかでしょ!
だいたい出会いからして女装にスカートの置き引きだものっ、これだけで軽くご飯5杯はいけちゃうわよ、あっはっは!
シャルルはあたしの仕事が漫画家だってわかってから、聞かされた自分の行動は絶対フィクション、もしくは誇張されたものだと言い張って聞かないのよ。
お生憎さま~、すべて事実ですよーだ。
あんただって、若い時はたいがいおかしかったんだからっ。まあ今でもあんまり変わらないけどね。
あたしにとっては、それはそれは楽しい時間だったけど、シャルルはむっつりと苦虫を噛み潰したみたいな顔で、あたしは今までのプレッシャーの反動で、たいそう気分が良くなったのだった、わっはっは。
そして、もしシャルルと行動を共に出来るようなことがあれば、こんなことに注意しろって、和矢に言われていたことを思い出していた。
記憶っていうのは、その時の状況に根付くんだって。
えーと、”状態依存学習”っていって、認知心理学の領域で、『ある気分状態のときに獲得した記憶情報は、同じ気分状態のときに想起しやすくなる』っていう学説があるんだって。
難しくてよくわかんないから簡単に説明してもらったら、つまり、楽しい気分で体験した思い出は、楽しい気分のときほど思い出しやすいってことらしいの。
よーするに、嬉しかったり悲しかったり悔しかったり、痛かったり気持ちよかったりした時と、おんなじ気持ちを味わうと、その時の記憶が再生されやすくなる、てことかしら?
ひえ~、あの事件の時は命からがらってことも何度かあったから、また同じようなことすんのシンドイわねぇ。
まあでもアンテロスの時よかマシかしら。
あっ、強烈さでいったら、アデリーヌとかカミーユのとこ行ったほうが早かったかな!?
でもやっぱり、あたしたちの歴史といったらダ・ヴィンチが始まりだし、うーん。
そうしてグルグルと考えこむうちに、車はあっという間に、2時間半のドライブを終えてしまっていたの。





まずアンボワーズ城でダ・ヴィンチの胸像の逆文字を探して、かつてのシーンを再現しようとあたしが像によじ登ろうとしたら、シャルルったらこっぴどく怒るのよっ。
なによ、昔のあんたは喜んだくせに!
そうしてシャルルは所々思案深げに見て回り、地下への秘密階段の仕掛け発動のカラクリが、ダ・ヴィンチの死亡年齢だということも思い出していた。
そうそう、まさにこの階段が、あたしにとってのシャルルの性質を強く印象付けることになったから、すごくよく覚えてる。
あんたたちは小説で数行読んだだけだろうから、あん時の苦労なんかわかんないでしょうねっ。
もー登ったり下ったり、立ってしゃがんで這いつくばってへばりついて……そりゃもう数時間やり続けて、ほんっとにヘットヘトになったんだから!
だけどもっと鬱だったのは、そんなあたしたちの横で、いつ終わるともわからん作業に精力的に動きまわってるシャルルの集中力だったのよ!
人間だもの、さすがに同じ事繰り返せば飽きちゃうじゃない?
だけどシャルルはまったくそんな素振りみせないのよ、はっきり言ってあたしゾッとしちゃったものっ。
もう時効だから言ったのよっ、いい!? シャルルにはナイショにしといてよっ。
あたしは薄暗い階段からヨイコラショと腰を上げ、早くお日様を浴びようと勢いこんで足を踏み出そうとしたら、なんとコケでヌルッと滑ってしまった!
大人になったって変わらないデカ頭のあたしは、それに引っ張られるように見事にイナバウアーし、もうダメだと思った瞬間、どっかと何かに支えられたの。
それはシャルルのたくましい腕で、上向いたあたしの頬に、サラサラと白金髪がこぼれてきた。
その向こうに…驚きと心配に歪む青灰の瞳が、薄闇に仄かにきらめいていた。
やがてそれが緩やかに閉じられ、シャルルは優美な美貌をふうっとあたしに近づけてきたの!
うわっ、キスされるっ。
胸がドキドキして、あたしは思わずギュギュッと目を閉じ身体を硬くしてしまったんだけど、いくら待ってもシャルルの唇はやってこなかった。
そっと抱き起こされ、あたしは元の階段にちゃんと立たされただけだったの、ちぇ。

「ーーードジ」

冷ややかに響く声に、期待した自分がちょっと恥ずかしくなって、小さくお礼を言って彼の前を通りすぎようとした時、すっとシャルルが手を差し伸べてくれた。
「また落ちられると面倒だからな」
独特の物憂げな微笑みを浮かべて、冗談めかして言うシャルル。
あたしはーーーあたしは胸がいっぱいになってその手を取り、大事に大事に握りしめながら、明かりを目指してふたりでゆっくりと歩いて行ったの。
今は暗闇にいるけれど、絶対にシャルルを取り戻して、またふたりでお日様の下で笑いあう為にがんばろうと、心を決めて。





















「ここで時計塔から落ちたあたしを、和矢が助けてくれようとして、大ケガしちゃったのよ」

川をまたいで建つシュノンソー城は、相変わらず美しい中世の佇まいを見せてたけど、寒風吹きすさんでて寒いったらありゃしない!
でもあたしにとっちゃ、ここはちょっとした恋の思い出のある場所だもの、外せないのよねぇ。
え、ダンナの一大事に何考えてんだって? 
な、なによっ、いいじゃない、ちょこっとくらい青春の甘酸っぱさ味わったって!
女の子はねぇ、いつだって恋にときめく気持ちを持ち続けていたいもんなのよっ、わかるでしょ!?
あたしは美しく広がるフランス庭園の一角をうっとりと見つめながら、ニンマリと思い出の『マント』を振り返ってたんだけど、シャルルはむっつり黙ったまま、すんごく奇妙な顔してる。
なんか様子が変ね。
秘密の部屋は水路の中に沈んでて今は見れないから、それで不機嫌なのかしら。
時計塔の足元に立って、じっと上に視線を投げながら、シャルルは凍りついたようにしばらく動こうとしなかった。
こんなクソ寒いとこで発作なんて起こされたらたまらんと、あたしは風に晒される美貌を見上げながら、ガタガタ震えてシャルルのコートを引っ張った。
そんなあたしなんかまるで無視で、シャルルはやがて何かをすくうように、ゆっくりと両腕を上げながら、端正な唇から重苦しく言葉をもらしたの。
だけどそれは、寒風に巻かれてあたしの耳には届かなかった。
「オレが先に……」
「えっ、なにっ?」
風音に負けじと聞き返した瞬間、ふいにシャルルがコートであたしを包み込み、あたしはシャルルの香水と体温でいっぱいになり、アタフタと硬直しちゃった!
ひゃぁあああ、な、なにすんの突然っ。
でも、あったかーい。
ああ、夢みたい。ずっとこのままでいてくれないかしら……。
「ーーー違う」
低く言い放つと同時に、あっという間にシャルルはその素敵な空間からあたしをポイッと追い出して、再び時計塔に厳しい眼差しを向けた。
あたしがぼう然としていると、シャルルはふいにこっちに視線を戻しながら、底暗い苛立ちに満ちた光を瞳にたたえて、唐突にぐっさりとあたしに切り込んできたの。
「もう一度、落ちてみてくれないか。丈夫さは折り紙つきなんだろ、何か思い出せるかもしれないぜ」
明らかに悪意しか感じないような言い方をして、シャルルは高圧的に詰め寄りながら、綺麗なラインの顎を尊大に持ち上げ、あたしを見下ろした。
それは昨日までのワカランチンシャルルで、あたしはカチンときながら、いい加減ムカついて一言言ってやろうと息を吸い込んだ。
と、突然シャルルが長い足を踏み出し、あたしの方にぐいと踏み込んできて、倒れまいと慌てて後退しながら再び口を開けると、またしても踏み込まれ、憐れあたしは小屋に追われるニワトリみたいに、シャルルの意のままに後退を続けるしかなかった。
「痛っ」
どん、と音がするほど急激に追い詰められた時計塔の壁に背中をぶっつけたと思ったら、バッシャンと両脇にシャルルの腕の壁が出来て、あたしはその中に閉じ込められてしまったの!
ふと顔をあげると、目の前にギラギラとした青灰の瞳が、食い入るようにあたしを睨んでる。
理由もわからない凶暴な苛立ちが、その中で暴れまわっているのが、はっきりと見えて、あたしは首筋がゾクッと震えるのがわかった。

「和矢とは、どの程度の仲だったんだ?」

は!?
「ど、どの程度って……」
「互いに気持ちの確認をした程度か、キスくらいはしたのか、それとも」
獲物を仕留める直前の蛇のように、ジリジリと包囲網を狭めながら、シャルルはあたしのあごに細い指先をかけ、くいと上向かせたの。

「ーーー深い仲だったわ!」

吐き捨てるようにあたしが言うと、シャルルはまるで熱いお湯でも浴びたみたいにビクリとして、瞳を歪ませた。
苛立ちと困惑と苦痛が濁流のように溢れだし、冷徹に徹しようとした美貌を見る間に崩していく。
あたしはシャルルの手をがっしとつかみ返し、ぐいと身を乗り出して、そんなシャルルに今のあたしの精一杯をぶつけてしまった。


「そう言ったら、あんたは満足するわけ!?
なんなのよあんた、そんなこと知ってどうしようっていうの!
確かに昔ここに立った時は和矢が好きだったわ、ええ事実よっ。でもずっとずっと前のこと!
あたしは、いろんな時間を過ごして、あんたと家族になることを選んだのよ!
あんた昔言ってたわ。ダ・ヴィンチが得られなかった愛情を、オレはついに得たんだって、嬉しそうにあたしに言った!
ダ・ヴィンチと自分を重ねて寂しそうにしてるあんたを、あたしずっと見てきたのよ。
あんたは彼とは違うっ、あたしがいるのよシャルルっ」


そんなあたしの叫びを、下を向きぎゅっと瞳を閉じて、彼はじっと聞いていた。
やがてゆっくりと上半身を起こすと、身体を半転させあたしの横の壁に背を預け、高級コートが汚れるのも気にせず、ズルズルと芝生へと腰を落としたの。
きつく眉根を寄せながら、あえぐようにシャルルは透明な声を絞り出した。





「おかしく……なりそうだ。オレは一体、どうしちまったんだ……」





そんなシャルルの隣に同じように座りながら、あたしは腹をすえて声を張り上げた。
「いいわよおかしくたって。言ったじゃない、あたしがいるんだからどんだけおかしくなったって、平気だって」
「……君がすべての原因だと思うんだけど」
「いやよ、どんなことがあっても離れないからねっ」
ツンとすましてそう言いのけると、シャルルはびっくりしたみたいに息をのんで、どんなことがあっても、か…と、小さくつぶやいたの。
そうよ、やるとなったらあたしはしつこいからねっ、スッポンマリナさんの異名、思い知らせてやるわよシャルル!
そうは言っても、相手は世界一難しい脳みそだものね、ほんとは不安でいっぱいーーー。
ふたりぼっち。
その時、今のあたしたちを見事に表してる言葉が、頭の中によぎった。
二人でいるのに、それぞれがぼっち状態なんて、ほんとにギャグみたいな悲劇よね。
寄り添えば温め合えるのに、あたしたちは身動きできずに、厳しい冬の風に吹かれて、それぞれ孤独に震えていたの。






















いよいよ今日の最終地、シャンボール城。

あたしたちはお互いに無言のまま、あまりにも巨大すぎる”妖精と騎士の宮殿”に向かって歩いていた。
シュノンソー以降、シャルルはずっと考え込んでるし、あたしは気持ちの上げ下げが激しすぎて、自分のコントロールすら見失いそうになってた。
おまけにポルシェのGにヤラれて、ひどい車酔いしちゃって、精神的肉体的に惨憺たるアリサマになってしまったの。
うう、和矢ぁ、あんたの言ってたその状態依存ナントカって、ムズカシイわよぉ。
だいたい始めっから難しいこと言われたら、よけい混乱しちゃうじゃないっと、ここにいない和矢に見当違いの恨み言を言いながら、あたしはヨロヨロとシャルルの後ろを、百鬼夜行の妖怪みたいにユラユラついてった。
ああ、あの頭をポカンと一撃やって終わりなら、話は早いのに。
恨めしそうに白金髪の後頭部を見上げてると、それを見透かしたようにクルリとシャルルが振り返り、物憂げな視線を投げてきた。
「で、どこへ行けばいいんだ」
あ、そか、あたしが案内しなきゃなんないんだった。
うんうん唸りながら、そうだまずは鍵が見つかった場所だ、と思い出したあたしは、シャルルに気持ち悪い王様とその家族の絵がある所、と言って殴られた。
だってえっ、それしか覚えてないんだもの!
行き先はわかっても行き方がわからないあたしを引き連れて、ぶちぶち文句を言うシャルルの後について、たくさんの階段と廊下と広間を延々通り、上を目指してひたすら歩いた。
そ、そうだった、あそこって確か最上階……うっ、昔ってこんなに疲れなかったわよね!?
自分の加齢と体力低下に冷や汗を流しつつ、のったりのったり歩いてたら、目の前に綺麗な手がぬっと出てきた。
食べ物か飲み物の催促かと思って、何も持ってないことを伝えると、シャルルは眉間にシワを寄せて沈痛な面持ちで、あたしの手をひったくるように取った。
そうして力強く引っ張って、先にたって歩いてくれる。
時々すれ違う観光客が、シャルルの美貌に見惚れてモデルかと思い、シャッターを切ってる。
そして、手を引かれてるあたしに不遜な視線を向けて、何か囁いていた。
そうね、シャルルはあんまりにも素敵すぎて、今のあたしには遠い世界の人みたい。

”マリナ、おいで。”

シャルルがいつもそうやってあたしを受け入れてくれるから、あたしは自信を持って、あんたのそばにいれたのに。
今のあたしは、あまりにもあんたと違いすぎる…ううん、元々分不相応だったのかも。
ほらほらまたキタ。
調子が悪いのも相まって、あたしは気持ちの低下が止まらず、歩きながらグスグスと泣きだしてしまった。
こんなんじゃシャルルの記憶を取り戻すどころか、ただのお荷物じゃないの。
その様子に気づいたシャルルは足を止めて、廊下の脇に置いてある長椅子に、あたしを座らせてくれた。
シャルルは少し離れて、瀟洒な細工を施された窓から城下を眺める王族のように、ゆったりと窓枠に寄りかかりながら広い庭園を見下ろしている。
それを横目に、ぐったりとして顎を上げて深呼吸してると、天井に変な怪獣のレリーフが見えた。
そういえばところどころにいるかもしれない、この怪獣。
あたしがしげしげと眺めていると、シャルルがそれはフランソワ1世の紋章だと、教えてくれた。
こんな変な怪獣が?

「怪獣じゃなくて火トカゲ、つまりサラマンダーだ、無教養」

「なんですって!」

ムカッときて振り返ると、安心したようなシャルルの仄かな笑顔が見えた。
もしかして、心配かけちゃったのかしら。
ドキンとしながらそんな彼を見ていると、遠慮がちにあたしの隣に腰掛けながら、シャルルはこのお城について話してくれた。
サラマンダーは”聖なる炎を育てて、悪の炎を駆逐する”っていう、当時の王室の格言を象徴しているんですって。
なんかフランス王室なんて、きらびやかなイメージしかなかったあたしは、意外な勇壮さと誇り高さにびっくりした。
「……興味ないか?」
ぼけーっと口を開けてたあたしがつまらなそうに見えたのか、シャルルはちょっと顔を曇らせて床に視線を落とした。
あたしはぶんぶんと首を振ってそれを否定し、お話をもっと催促した。
そうしてシャルルはお城のことをいろいろ教えてくれたんだけど、あたしはただひたすら、静かな廊下に響く彼の話し声が気持ちよくて、いつの間にか眠ってしまっていたの。





「ーーーついたぞ」

その声にはっと目を開けると、あたしはシャルルに抱きかかえられ、最上階の広間、目指していた家族の間に来ていた。
家族ーーーすべての名声と栄誉を得たにもかかわらず、生涯家を持たず放浪を続け、愛する人に愛を返されなかった孤独なダ・ヴィンチが、おそらく望んだであろう根本的な絆。
このシャルルも、家族運のない孤独な人。
だけど覚えててシャルル、あんたにはあたしがいる。
今までの不幸なんて全部吹き飛ばしてやるわ、あんたを孤独なダ・ヴィンチになんか、決してさせない。
シャルルのたくましい腕から下ろしてもらいながら、あたしはその手だけは離さず、ずっと握ってた。
おちょぼ口のフランソワ1世の面白い顔が、そんな緊張したあたしを和ませてくれてる。
昔は気持ち悪いなんて言っちゃって、ゴメンね。
心で謝りつつ感謝しながら、あたしはいよいよ旅のハイライトであるかつてのアクションシーンを再現すべく、手荷物を置いて身振り手振りを交え、当時の興奮をシャルルに伝えた。



「でね、とうとう緑のゲオルギウスの小部屋の鍵が、この絵の後ろから燦然と現れたのっ。

あんたは一目でルーブルの鍵だと見破ったわよ!

でもまさに喜び絶頂のその時!!

悪鬼由香里が、突然あたしの手から鍵をむしり取って逃げちゃったのよっ。

それで慌ててあたしたちも後を追っかけたんだけど…っ



シャルルっ、階段、ほら螺旋階段よっ、どっちだっけ!?」



袖をグイグイ引っ張りつつ、この城の目玉でもある二重の螺旋階段の所まで引きずってくる。

「さあさあさあ、こっからがいいところなんだから!
あっ!!由香里がもうあんな所にっ、どうしようもうダメ・・・!?
思いつめてとうとう覚悟を決め、えいやっと手すりを乗り越え飛び降りたあたしを、和矢ががっきと引き止めた、次の瞬間ーーーっ!!」

と、手すりから身を乗り出しつつ、迫真の大根演技を続けるあたしだったけど、バックを家族の間に置いてきちゃったことをはたと思い出し、中断を宣言して慌てて部屋へとって返した。
へんぴな場所にあるから幸い盗まれることもなく、ポツンと置き去りになってたカバンをひったくって急いで戻ると、そこにシャルルはもういなかった。
本当にこつ然と、きれいさっぱり消えてて、ゼーゼーハーハー言いながら、あたしはショックと驚きで辺りを見回し、必死に彼の麗姿を探したの。
するとーーーいた。
すでに階段を降りて、遠くに視線を投げるシャルルが数メートル下に見えた!
瞬間、凄まじいほどの孤独感と恐怖におそわれて、あたしは全身が止めようもないほど震えてしまったの。

おいていかれるーーーーーー



「行かないでシャルル!!」



とっさにそう叫び、手すりからあり得ないくらい身を乗り出しちゃったあたしは、デカ頭でぐらりとバランスを崩し、宙へ放り出されてしまったの!!
んぎゃあああっ、ここから落ちたのはあたしじゃなくてあんたでしょシャルルー!
もう若くないし、主要人物だけは死なないマリナピュアシリーズじゃないから、今度こそあたし、死んだーーーーー!!








「ーーーーーーーーーマリナぁ!!」








その時、シャルルの鋭い叫び声が、シャンボールの空間を震わせた。


空気に切り裂かれながら、落馬以来初めて名前を呼ばれたことを冥土の土産にしようと目を閉じた時、激しい衝撃と共に大理石に叩きつけられ、あたしは一瞬息が止まり動けなくなった……んだけど、またしてもそれほど痛くない。
いやな予感がして、ゆっくりと視線を巡らせると……。

「シャ、ルル」

やっぱりあたしは、シャルルの腕の中にいた。
やがて……ゆっくりと震えるようにまぶたを持ち上げたシャルルは、力なくも優しく微笑み、





「ーーー今度、は、オレ が、      受け止めた、ぜ」





と微かにつぶやいて、気を失った。


その様子に確かに何かを感じたんだけど、係員や観光客が集まってくる中、あたしもゆるゆると意識を手放してしまったの。








・・・To Be Continued・・・

この作品のリクエスターは嶌子さんです リクエストありがとう! 
しばらく続きマス☆お付き合いクダサイませーーーーーーLPDUnderぷるぷる


※『あんた昔言ってたわ。ダ・ヴィンチが得られなかった愛情を、オレはついに得たんだって、嬉しそうにあたしに言った!』
シュノンソー城でブチ切れた(笑)マリナちゃんが言ったこの言葉は、LPDデジ同人収録のプロポーズ編、『ラヴィアンローズ』での出来事です~~(=^・^=) ニャハハ





拍手いただけるとガンバレます( ´∀`)



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